適応障害になったきっかけ①【適応障害】ってどんな病気?理由は?

1回目の転職→2回目の転職→休職→休職期間中に在宅ワークという存在を知る
在宅ワークがんばる!←今ココです。

在宅ワークを始めたきっかけを綴る前に、適応障害になった時の事を綴りたいと思います。

適応障害ってどんな病気?

適応障害とは、ある特定の環境や状況、出来事がとても辛く感じ気持ちや体調に症状が現れる事です。

発症する環境や状況は様々で、職場で異動がありなかなか馴染めない場合や、結婚を機に引っ越しして環境が変わった事が原因のように嬉しい場面でも適応障害を発症するそうです。

適応障害は、ストレスの原因の始まりから3ヵ月以内に出現し、その原因から離れると6ヵ月以内に症状はおさまっていきます。

当時適応障害と診断された時の症状

  • ご飯の味がわからない
  • レジでお金の計算ができない
  • 不安や恐怖からくる手足の震え、動悸、吐き気、便秘、トイレが近くなる
  • 会社に向かう最中も手足の震えや動悸は止まらない
  • 急に涙が出てきたり、緊張状態が続く
  • 上司と話すときは言葉が詰まって声が出ない
  • 不眠(虫のような影が見えたり、明日が来る、また嫌な思いをするかもと不安で眠れない。一睡もできずに出勤する日々が続きました。)

最初は精神的な事からきているって気づいてなかったので内科で診てもらっていました。

特に異常もなかった為、上司にも何もありませんでしたと報告するしかなく、経験した事がない人にはなかなか理解されにくい病気です。

実際、周りからは「何を甘えているんだ」「これだからゆとりは・・・」こんな反応でした。

以前からパニック障害・閉所恐怖症をもっていたので、余計に不安は大きかったです。

1回目の転職(憧れのコーヒー屋さんへ)

高校を卒業して社会人になってから今年で10年になります。

高校卒業後、県外のアパレル会社で丸5年正社員として働いていました。6年目になる頃倒産すると噂が流れ、憧れだったコーヒー屋さんに転職しました。

私が2歳になる前に両親が離婚して、ずっと母と2人で生活してきました。父の顔も覚えていません。当時のお給料は平均して15万、ボーナスはない会社でした。生活に支障がでないように15万は稼ぐ事を条件に、母は転職を許してくれました。

それからコーヒー屋さんで約4年、憧れの仕事で仲間にも恵まれ毎日が楽しくて充実していました。家からも近かったのでよく母とも仕事が終わってからご飯に行ったりと、今でも転職してよかった、この会社で働けてよかったと思っています。

母との別れ

正社員登用の試験を受けようとしていた頃、急に母が事故で亡くなりました。

前日の夜まで普通に話していたのに、ほんとに急過ぎて、朝起きておはようって当たり前に居た母が居ない、当たり前の毎日はもう来ない事がなかなか受け入れらませんでした。

25年間女手ひとつで育ててくれました。姉妹に間違われるほど仲が良く、1年半経った今でもすごく悲しいです。

親戚付き合いもほとんどなく母との2人暮らしで急に一人になってしまい、職場は私のメンタル面を考え約1ヵ月半お休みをくれました。

家に一人で居るのが寂しかったらいつでもお店においでと、外に出られるようになってから、お休みを頂いてるのに毎日のようにお店に居させてもらいました。

店長や仲間たちも、今日出勤してるからおいでよ!休みだけど、お店行くからユウもおいで!ってとにかく周りの方に恵まれていました。

無事に復帰して、1年後には正社員登用を受けることを目標に頑張りました。戻って来れる環境を整えてもらっていた事にとても感謝しています。

2回目の転職を考える

最初は何にどれだけお金が必要なのかもわからず、携帯や電気が止まっていたり、母の車のこと、市役所からの○○税も全く意味がわからず、情けないぐらい母に任せっきりだったので、生活していく知識がなくお金関係が一番大変でした。

当時のお給料も、平均して15万。母の収入と合わせて何とか生活していた為、全く足りませんでした。収入より断然支出が多く、貯金を切り崩していく日々が始まりました。

でも、あと3ヵ月ももたないかもしれない、貯金が無くなっていく不安で頭がいっぱいでした。

不規則なシフトで自律神経が乱れるようになり、体調を崩す事が増えました。今までは何ともなかった不規則なシフトも、母が居ないって精神的な面も影響していたみたいです。

大好きな仕事で、自分でお金を稼げることはすごく有難いことでした。

でも、生活していくには体調管理と安定した収入が必要だった為、何度も店長に相談してたくさん話を聞いてもらって、大好きなこの仕事を辞めて正社員で働ける会社に転職することを決意しました。

自分の生活をより豊かなものにするためにです。

店長が相談に乗ってくれたことがすごく大きかったです。ほんとにほんとに素敵な環境で働かせて頂き、良い経験をさせて頂きました。

おわりに

大好きな仕事を辞めることはすごく勇気のいることでした。

しかし、健康を犠牲していては何も上手くいきません。

仕事も中途半端なパフォーマンスしかできず、プライベートも何もかも中途半端でした。

身体が健康じゃないと働けない。

食べることも、遊ぶことも、生活ができません。

【自分自身の身体が資本】ということを痛感しました。

在宅ワークを始めたきっかけ②に続きます。

最後まで読んで頂きありがとうございます ̄(=∵=) ̄♡

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

コメントの入力は終了しました。